駄菓子は永遠。植田の『駄菓子カンパニー』

ショッピング

天白区で駄菓子に出会う

国道153号線沿いのピアゴ植田店のすぐ西に、店の外壁にでかでかと目立つ店名が書かれています。そして大きな倉庫のような建物。

街の駄菓子屋さんが減少している中、ここ天白区に大型の駄菓子屋さんあり。それが『駄菓子カンパニー』

少なくとも20年以上は天白区植田の地にあったそうです。

バラ売りから箱売りまで。

祭りの景品やプレゼントやまとめ買いなど様々な用途で利用できます。

駄菓子からお菓子や飲み物(チェリオ)まで幅広く取り揃えています。

以前はたませんなども販売していますが、休止中です。

駄菓子とお菓子の違い

もともと菓子は「果物」のことを指していました。

しかし、お茶菓子が作られるようになってからは果物を「水菓子」と呼ぶようになりました。

その後、食事以外で食べる果物以外のものを「お菓子」と呼ぶようになりました。

お菓子の中でもさらに和菓子や洋菓子、生菓子、干菓子といった分類にも分けることができます。

駄菓子はもともと粗糖などの安価な材料で作られた大衆的なお菓子ということで呼ばれていました。

つまり、お菓子は広い意味合いを持ち、駄菓子は比較的安価な材料で作られ、安く購入できるものと分けることができます。

個人的には100円以内でたくさん買えるようなお菓子を駄菓子

100円未満で1つしか買えないもしくは100円以上のものはお菓子というイメージが適しているのではないかと考えます。

駄菓子屋の店舗数減少の実情

経済産業省による、駄菓子屋などが該当する「菓子小売業(製造小売を除く)」は事業所数・従業者数はこの数十年で大きく減少している。

特に、平成に入ってからは減少傾向は加速し、1991年の6万9,048事業所が2016年で1万5,746事業所と15年で半分以下にまで駄菓子屋が減少してしまった。

確かに、平成の初期。まだ街に駄菓子屋さんを見かけることはあった。多くの中高年がイメージするおばあちゃんが経営しているお店がまさにあった時代。

ところが、ここ最近はめっきり見なくなり、駄菓子はスーパーやコンビニエンストアくらいでしか購入が出来なくなってしまった。

理由は様々あります。
・利益率の低さ
・後継者不足
・少子化
・子ども達の遊びの多様化

などあげればきりがないでしょう。

また、製造元の会社も販売不振や人件費・原材料非の高騰、生産設備の不具合により販売終了して消えた駄菓子たちもあります。

それでも、企業努力の末、子どもでも購入できるよう値段を変えず、数量やサイズなどを変え何とかやりくりしている製造元がほとんどです。

度重なる増税でやむなく、値段を上げることもありました。

それでも人々は駄菓子を求める

八月、お店には子ども達と数人の大人が店内にいた。

「一人、三つまでね」とお祖父さんだろうか。おそらく帰省した孫たちにそう言っている姿があった。

子ども達は散らばり、各々の好きな駄菓子を手に取り、どっちにしようかと悩んでいるのだった。

たくさんの種類の駄菓子にするか、それとも少し値段が上がるが大きい駄菓子を買うか。

その姿を後ろでお祖父さんはマスク越しでもわかるくらい微笑んでみていました。

赤の他人から見ても、その様子は大変微笑ましいものです。

中年の夫婦らも、懐かしいて言いながら店内を回っている様子もありました。

駄菓子は人を笑顔にする。
子ども達は純粋な駄菓子の味。
父親・母親達は懐かしさの味。
お祖父さん・お祖母さんは孫との思い出の味。

駄菓子屋の数は確かに減少していますが、日本の駄菓子文化はきっとなくならないでしょう。

店舗情報

●営業時間
10:00~18:00
●定休日
水曜日
●支払い方法

交通情報

●最寄り駅

市営地下鶴舞線植田駅より徒歩20分

●駐車場
あり※店の前に3台分

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